結局のところ、どこまで行っても『はるとま』は春音のための物語でしかありえなく、舞台が僅かに未来の日本、人口の半分が死滅した世界、温暖化のせいで街が少しだけ水没した、という一見物語に絡んできそうなガジェットも春音と兄、真語との世界に彩りを与えるだけのものに過ぎない。それどころか、真語のバックボーン、春音と恋をする前の冬子との恋愛だって、突き詰めれば春音が兄に対する思いを確認するためのイベントであり、真語にとって妹が自分と切っても切り離せないことを再確認するイベントでしかない。複数攻略ヒロインがいるエロゲでここまで製作者に愛された(ひいきされた)キャラってかなり珍しいんじゃないだろうか。
社会の都合で引き離され、一年経って真語のいる街へ戻きた、真語への思いを引きずったままの冬子。
春音と親友で、彼氏持ち(微妙に語弊あり)でありながら真語と肉体関係を持ってしまう秋穂。
普通に物語として展開すれば、一癖も二癖もあるような修羅場が予想されるキャラ設定だけれども、『はるとま』に到っては別。拍子抜けするほどあっさりと修羅場シーンを切り抜ける。というか修羅場にすらなっていない。よほどのBADエンドでもない限り、どのエンドを通っても真語と春音の結びつきは壊れず、相変わらずに仲の良い、兄妹の関係のまま。
要は、一見大きいことが起こりそうなサトリ病や潜水艦を直すという舞台設定も、春音と真語の関係に亀裂を起こしそうなバックボーンを背負った登場人物たちも、結局、春音と真語の二人の小さな世界をより強固に、より心地よく見せるための演出要素だったりする。唐突に出てくるメタ要素、平行世界だって物語としての広がりを見せるどころか最終的には春音との幸福な暮らしに閉じてしまう。
時間は真夜中で道の先は真っ暗だったけど、怖いという気持ちはなかった。
一番怖いのは、大切な何かをなくすことだってしってしまったから。
それと比べれば、春音と手を繋いで歩いていられる今は、全然怖くない……
ずっと前のこと。別離と誓いBより
なんて事は無い。ぺー太郎が死に、二人で手を取り合い真夜中の線路をひた歩いた幼い頃、十年前のその頃から物語は広がりを止め、「大切な何かをなくさないため」の小さな物語へと収束していく。だから十年前の出来事から二人は何も変わらない。真語が色々な経験をして春音の大切さを知り、春音は真語への思いを強くする。 「起」と「承」はあっても「転」で転ばずそのまま「結」を見ない物語。日常の春音とのやりとりのためだけのお話。ただそれだけの小さな御伽噺が『はるかぜどりに、とまりぎを。』なんじゃないだろうか。「起」と「承」はあっても「転」で転ばずそのまま「結」を見ない物語。日常の春音とのやりとりのためだけのお話。ただそれだけの小さな御伽噺が『はるかぜどりに、とまりぎを。』なんじゃないだろうか。